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2010年7月 5日 (月)

【山口・下関「清末」地区と大分・豊後高田】/周防灘を介した「清末藩」と「昭和の街」の地名物語

今日は、大分県豊後高田市の地元の魚市場「高田魚市場」さんを訪問。とても勉強熱心な社長の桑原さんとの打合せ・現場見学を終え、今や全国区となった「昭和の街」をご案内いただく。その道中、新町通り商店街にある【二代目餅屋清末 杵や】(清末餅店)を訪問。

高田魚市場の桑原社長より店主の清末浩一さん(桑原社長と同級生)をご紹介いただく。清末さんは、大分県商工会議所青年部連合会の「ニュービジネス事業部」の理事会事務局長を務められている。

清末さんと桑原さん、そして同行スタッフと私・北尾の4人で、地域づくり・まちづくり・地域活性化の話題を盛り上がる。やはり【よそ者・若者・バカ者】が重要だと共通認識。

清末さんとは絶妙に話が噛み合い、新卒採用の面でも、これまでとは違ったアプローチでも、まちづくり・地域活性化につながるのではないかと。それは「ひとづくり」の面で。キーワードはやはり「よそ者」。

今回の結論は「ひとづくり」だったが、今後も交流を深めていくことを確認し、「杵や」を後にする。途中まで見送ってくださった清末さんが「北尾さんのご実家は下関なんですよね。【清末地区】ってあるでしょ」。

清末さん「私たち【清末姓】は、ここ豊後高田がルーツなんですが、江戸時代に、山口の長州毛利氏に仕えて【清末藩】ということで、その地を治めていたんですよ」。北尾「えっ、じゃあ清末さんはその末裔?」

清末さん「まぁ、そういうことですかね。どうやら江戸時代後期に『お家騒動』があって、一族すべてが跡形もなく、豊後高田に引き揚げたそうです。だから、下関で【清末姓】を名乗る人はいないんです」

ということで「清末」という地名は、豊後国の高田にある「清末姓」の名が由来なのである。その一族は下関にはおらず、ルーツの豊後高田にいる。その末裔が、【昭和の街】の発起人メンバーの一人なのだ。

http://twitter.com/kitao777


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